地元カメラ屋の主人、時田恒夫さんに『隅田川花火大会』にちなんだお話をしていただきました。
時田恒夫さんは両国でお店を開いて30余年、 変わり行く街並みをファインダーを通して見つめて来た両国名人です。
そんな時田さんに、今回は隅田川花火大会にちなんだお話をしていただきました。
江戸っ子はほとんど水に親しむことがなくせいぜいが舟遊び(現在の屋形船)。その舟の間を花火舟が注文を取り、代金と引替に手筒花火をドーンと打ち上げる。流しの演歌師が注文に応じて歌を唄うようなものだったそうです。
以後見物が群衆するようになり、今日に至るわけです。
「橋の上は玉や玉やの声ばかり 何故に鍵屋といわぬ情なし」
“玉屋・鍵屋”とは、言わずと知れた、江戸時代の花火屋。鍵屋に比べ玉屋の方が人気者だったのだが、火事を出してしまい、たった20年で江戸を追放されてしまったそうです。
歌が語っているように、お取り潰しになった玉屋をいつまでも偲ぶ江戸っ子が多かったようです。
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